なんとなく思い出した思い出話。


布団で寝ながらボーっと考え事してました。


しばらくぶりにブログ書いてます。
逆流性食道炎、を発症してしまいました。胸が焼けるように苦しくてヤバい病気なんじゃないかとビクビクして病院行ったら、「あー、最近流行りの逆食だなー」とか言われて、特に何するでもなく、食事と薬で療養中であります。

加えて風邪もこじらせてしまい、しばらくピリッとしない日々を過ごしていました。はやく健康になりたい。

そんな中娘の修学旅行があったので準備を気遣いながら、自分の時はこんなだったなと思い出したことがありました。

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子どもと自分と。


私の学生時代の修学旅行は、中学は東京方面、高校は京都・奈良の関西方面でした。移動は確か新幹線・・・いや、特急列車的なもので、大きなバストンバッグをショルダーにして一生懸命持ち歩いていた気がしますけど、今どきは飛行機で一気に移動し、キャリーバッグをどや顔でガラガラ引きながら歩くんですもんね。集合場所への送迎のついでに他の子たちの様子も眺めながら、いい時代になったなあと感心することひとしきり。

学生時代の修学旅行は子どもの中では大きなイベントのひとつです。

もう大人になってしまった人もこれから修学旅行を体験する子もいろんな思いがあるのではないでしょうか。

楽しみで仕方がない。思い出をたくさん残したい。不安でいっぱい。できることなら行きたくない。・・・などなどいろいろな思いかと。

そんな修学旅行で頭を悩ませるのが「班決め」です。集団での旅行なので部屋割りや自由行動時の班決めがどうしてもついてまわります。
全ての学校がそうとは限らないかもしれませんが、一般的には学校で決められた人数で区切られて行動することを強要されるのではないでしょうか。

娘の学校も当たり前のように班決めがあって、しばらく友達と話し合いをして解決の糸口を探っていたようでした。

せっかくの旅行、できるだけ気の合う仲間と過ごしたいですからね。そんな気持ちもわからなくもない。

なんとなく。

私は自分の中学の時のことを思い出しました。

クラスにはどこのグループにも属さず、微妙な位置の女子がいました。

あんまり運動ができるタイプではなく、真面目で控えめでふざけたことはやらない感じ。ちょっとどんくさいところがあって、笑いどころが理解できないところがあったせいか、なんとなく避けられている雰囲気がある子でした。いじめられてるわけではなかったと思うんですけど、小柄でよく笑う子で、人当たりの優しい子でした。

私はその子が嫌いなわけでもなかったので、席が近くなったり、何かの折に近くにいれば普通に話もしていました。

みんなに気持ち悪がられてる男子もいました。

お世辞にも清潔感があるとはいえず、しかしそんなことは気にせず誰にでも気軽に話しかけるポジティブキャラが一人。今どきの表現だとウザキャラと言われるのでしょうか。

それともうひとり。何を考えてるかが見えない異質なタイプがいました。

私は彼らと席が隣になったことも何回かありました。異質なタイプは頭がいいんだか悪いんだかよくわからない会話をするので、私はテキトーな返しをしてやり過ごしていたような気がします。

ウザいタイプの方の彼はだいぶ苦手だったので、少しでも距離を保とうと机をできるだけ離していました。それでも彼は気にせず何かあれば同意を求めて話かけてきたり、「消しゴム貸して~」とか話しかけてきてたんですけども。勘弁してくれ・・・と思いながらも対応はしていました。

なんとなく浮いている雰囲気がある子はどの時代もどのクラスにもいると思うんですけど、だからって直接的に無視したりはしていませんでした。

あの頃。

そんなクラスの時に修学旅行がありました。もちろん「班決め」もありました。

嫌われがちな子をどの班に属させるのか。
誰も表立って口にはしないものの、自分と一緒にしないでくれ。そんな空気がやっぱり流れました。

私も話しやすい人たちとグループになりたかったんですけどね。そういうのって何気に戦略が必要になってくるのです。

私はある友人と仲良しだったので、その友人と一緒の班になれればまあいいかと軽く考えていました。あとは、なるようになればいいかなと。それがよろしくなかった。

行動力あるグループの水面下では、しっかりと調整が図られていたのですよ。
上記のなんとなく避けられがちな女子と嫌われ者男子2人は、見事に私たちの班へ所属することになりました。

露骨に嫌な顔はしないようにしていたとはいえ、押し付けのように班決めされちゃったんですよね・・。

周りが言うほど耐えられないくらい嫌ってわけでもなかったんですけど、そこまであからさまに押し付けるか・・?っていう流れに憤ったというか。

周りの班は面倒なのが来なくてよかったといわんばかりに楽しそうな空気を醸し出している中、うちの班はぎこちない話し合いが行われていましたよ。

自分の中で班決めが行われるまでの東京・鎌倉行きは輝いていたのに、班決め後の想像する景色は、色づいていませんでした。修学旅行なんて義務でしかないと思っていました。

班決めなんてなければ、楽しくすごせたはずなのに。

割り切りと意気込みと。

それで修学旅行は楽しくなかったのかというと、そうでもなかったんですよね。
行くまでは、嫌だなあと感じていた修学旅行でしたけど、こうなったら意地でも楽しもうという気概で臨んだのです。

ずいぶん昔のことなので思い出が美化されているのかもしれませんけども、一番記憶に残っているのが班で自由行動した鎌倉を歩いた時のことです。

一緒にあんみつを食べ、お蕎麦を食べ、お店を見てまわった。竹林の美しい景色に一緒に感動し、所々で一緒に写真を撮り、たくさんみんなで笑いました。

この中学での修学旅行では他にも日光へ行ったり、東京ディズニーランドに行ったりもしてたんですけど、未だに時々思い出すのは、普段は話すこともめったになかった子と一緒に鎌倉を歩いたときのことです。

彼らや彼女が好きか嫌いかは関係なくて、ただ楽しかったのですよ。

まあ、非日常の風景も手伝って心を開かせてくれたのかなあとも思いますけど、自分が楽しい他に、一緒にいるみんなも笑ってたのが、あー、なんかよかったなあって心底感じてしまったというか。

楽しんだもん勝ち。

修学旅行と聞いて思いかえすのはこの中学のことだけです。
自分の中でなんの問題もなく行ってきた高校での修学旅行は記憶が薄くてよく覚えてません・・。

大人。

大人になって同窓会で当時一緒に行った彼女と話せました。
旦那さんと2人の子どもと暮らしているらしく、あの頃よりももっと笑顔で話す彼女に会えてよかったです。

クラスで嫌われていた男子にも会いました。
あのころからは想像できないくらい整った髪型で、当時と変わらないテンションで話す彼は家もち&所帯持ちでした。彼の姿にみんな「ファーっ?!」って驚いていました。元気そうでなにより。

あれから歳をとりました。あの頃よりもいろんな感情をもつようになりました。

感情はその人の経験に基づくものですし、どう行動すれば正解かなんてこともないんですけども、とにかく自分でよく考えた人生のポイントだけは記憶に残ってるみたいなんですよね。

結果がどう転がるかはともかく、考えるって大事な節目になるってことだけは言えるかなあ。

それにしても体調悪いと、体も頭も動かすのがつらいです・・早く健康になりたい。

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コメント

  1. 関西人 より:

    いいお話を読ませていただきました。重松清の小説の題材にもできそうな…
    こういった思い出を世の多くの人が持っていたら、もっと人に優しい世の中になるんじゃないですかね。

    • ぴらめこ より:

      関西人さん

      学校時代の思い出ってみんないいことばかりとも限らないので、これを読んでよく思わない人もいるかもしなれいなあと思いながら、罵られたりするんじゃないだろうかとか、ビクビクしながら書きました。小心者なのもので・・

      でも嬉しい感想を頂けて、ちょっとホッとしてます。ありがとうございます。
      ほんと、人にやさしい世の中になってほしいですよね。

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